ソウル訪問
6月4日から6日まで2泊3日でソウルを訪問。
初めて韓国を訪問したのが1979年5月であったから30年を過ぎたことになる。 当時は日本人の訪韓者も少なく、初めての韓国は釜山でしたが空港も現在の金海空港でなく市内にありました。 初めて見る韓国は目の前の「はげ山」の異様さでした。
記憶に残っているのは空港で乗ったタクシーの床に穴が開いていて地面が見えていたことと頼りない韓国語でも非常に親切に目的地近くに連れて行ってくれたこと。 そして看板のほとんどが漢字であったことで何とか迷わずに取引先の商社へたどり着けた。
多分戒厳令もしかれていた時代ではなかったかと思うが、現地商社の案内でウルサンにある造船所を訪問したが、至る所人、人、人でごった返した造船所の中を歩いたことを思い出した。 現在は造船所に入るゲートでの手続、確認作業は厳格に行われているが当時は「イルボンサラン(日本人)」と声を掛けるだけで簡単に出入できた。
造船所での思いでは昼食時間に取引先の船舶会社の担当者と社内の外国人専用の食堂へ行き「ステーキ」を注文したところ、出てきたのは「厚切りのハムステーキ」と「麦飯」でした。
当時は釜山からの高速道路もなく、行きは郊外行きの路線バスで2時間以上を掛けて行き、帰りは単線の鉄道で釜山まで帰ってきた。ほぼ1日仕事であった。
それから10年後の1988年にはソウルでオリンピックが開催され、ソウル金浦空港からソウルの新興タウンである「江南地区」まで伸びる「88道路」が完成し、韓国も車時代に突入したのだが、ちょうどそのころ約2年半ソウルに駐在、現代自動車が初めて売り出した新型の「ソナタ」を購入して工場廻りをしていた。
急激なウオン高で韓国市場からの仕入れを断念して台湾、中国へ移っていったのが1990年ごろ。
そしてまた10年後の1998年頃から韓国での生産が始まり、今に続いているが途中2,3年のブランクを挟んで30年という長い期間韓国とのかかわりを持ってきた。
今では韓国国内でしか利用しないが、大韓航空のマイレージの記録を見ると1989年からメンバーになり先月の国内線の利用で299回の搭乗記録でした。300回記念なんて無いんだろうな。
今回も縁あって25年間親交のある家族との食事会を持ったが、やはり20年、30年は遠い昔であると感じました。
「韓流」などという言葉が出てくるズーッと昔の、かれこれ20年も前のことですが、何人か集まるといわゆる「韓定食」を食べに行ったのですが、当時は畳4畳分くらいの広いテーブルに白い紙のテーブルクロスを敷いて、給仕をする人が数人でワッセワッセと料理を運んで、食卓の角から角まであらゆる食材の料理が並んだ状態で、皆でガバーッと食い散らかすシステムだったのだが、今ではこのようなスタイルはソウルではお目に掛かれなくなった。
あの「プラザホテル」や「新羅ホテル」でも「韓定食」はメニューからなくなりました。 どうもソウルにある「竜水山」とかいうレストランが小出し方式を初めてから、韓国らしい迫力ある「大食卓食事方式」が消えつつあるようで残念です。
今月は来週に再度訪韓する予定。 今週は社内にてお仕事、お仕事とは思っているのだが、取りあえず明日は桑名の「東建多度CC」でのゴルフコンペに参加。その前に今日は早めに店じまいしてマッサージへ行こうと心づもりしている。
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