旅行・地域

再びのソウル

今回は総勢5名となったが、仁川への集合はバラバラで品質管理を担当しているエンジニアは皆なより1日早く入り準備を行っていた。

2番目が私で今回も仁川空港ではなくソウル・金浦空港から入国し数年前から取引のあるテキスタイル会社の社長の出迎えで仁川市内のホテルへと向かった。私にとっては本業ではないのだが、取引先に中国、ロシアの商社があり寒冷地向けの毛皮(人造ミンク)の生地を販売する紹介を行っている。 今年の新柄というか新しい生地見本を見せてもらったが、正直よく分からないので商社へ直送するように依頼した。

ホテル到着後工場の状況を確認すると、何とか順調に進捗しているということで工場の方は任せておいて夕方までは行きつけのサウナへ、そして90分間のマッサージで休養していると、福岡から釜山経由でソウル金浦空港へと1名が2時間ほど早めに到着するとの連絡が入り慌てて工場の担当部長が出迎えに行きました。

残り2名は福岡からの最終便で仁川空港へ到着、夜9時すぎに全員集合となったが、ホテルのスタッフの異動でダブルブッキング状態が発生していて、部屋に行くと先客がいたり入室後に見知らぬ人が入ろうとしたりとスッタモンダの状態。 予約した最上階のエグゼクティブルームはダブルブッキングのせいで早くチェックインした人だけになりました。

2日目は朝から工場で検査と打合せ、次回は7月中旬に量産検査に訪問する事に決定。来月から2年間毎月コンテナー4本の出荷が続くことになる。

今回は魚が苦手な方がいて、またチゲが食べたいとの要望が多かったので昼は工場近くの食堂で「テンジャンチゲ」「ソロンタン」「カルビタン」「スンドゥブチゲ」などを頂き、夜は定番の「焼肉」とチゲ好きの方に「ブルコギ」「ポソッジョンゴル」を用意しました。

そして夕方には希望者のみ市内のスーパーマーケットである「イーマート」へご案内。 奥さんへのお土産に「BBクリーム」を買い求める方も。国内では約5千円で販売されているものがここでは1200円でした。私は定番の「韓国海苔」を一抱えほど買い込みました、本日限りのサービスとかで1つ買うともう一つサービスで付いてきました。そしてもう1品、「オクスースー茶」というトウモロコシのヒゲのお茶を購入。さわやかな甘さで利尿効果があるとか。

3日目帰国便も仁川空港とソウル金浦空港に分かれての帰国となりました。

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今月2度目の韓国行き

ゴルフから帰ってきて自宅のパソコンを開けて会社に入ったメールを確認していたら、顧客から17日から2泊3日でソウルを訪問するとの連絡が来ていた。 早速JALのホームページから予約を入れ、ホテルは電話で仁川市内のラマダホテルへ、ところが4部屋も無いとの事。ぐずぐず言っていたらVIPルームなら準備できますとの事で又々ゴネていつものコスト(タリフの50%引きで朝食込み、税サービス込み)で何とか確保できました。 仁川旧市内には、いわゆるビジネスホテルが少なく、パラダイスホテル(相当古くなっていて近頃は中国人、ロシア人が多いので、敬遠している)もしくはラマダホテル松島に泊まっているが、いずれもタリフは25万~28万ウオン(約22000円)でお安くない。半額に値切っても1泊11000円ほど。

韓国の代理店の社長に電話してメーカーの都合をあわせるように依頼。 多分いつものことではあるが、突然の日程変更でぼやいていることでしょう。

先週ソウルを訪問した時に案内してもらったスーパーで異常な人だかりに遭遇。 なんと皆さん(ほとんどは叔母さんでしたが)抱えていたのは1袋5kG入りの生のニンニクを数袋単位で購入していました。  ちょうど今頃は生のニンニクを仕入れてラッキョウ酢とか醤油、味噌などにつけたり残りは吊るして乾燥させて保管しておくそうです。

現地の代理店の社長が私に進めて買ってくれたのはニンニクを蒸し焼きにして真っ黒になったものと黒ニンニクのエキスでした。

066 蒸し焼きにした「黒ニンニク」は臭みも少なく刺激も無いのでおやつ代わりに頂いているが、やはり臭いはするとのこと。

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「黒ニンニクのエキス」は冷蔵庫で冷やして一気に飲まないと口中がニンニク臭で大変。

いつも不満に思っていたことが近々解決されるようです。10万円を交換すると今なら125枚の10000ウオン札を財布のどこに入れようかと苦労していたが・・・・・。 

韓国の最高額紙幣は10000ウオンでしたが、6月23日から50000ウオン札がお目見えするそうです。1973年に今の10000ウオン札が発行されてから36年ぶりとのこと。  表には良妻賢母の鑑とされる甲師任堂の肖像で初めて女性が選ばれたとか。日本にも樋口一葉の肖像が5000円札に使われている。

今までどうして高額紙幣が発行されなかったのかと不思議に思う。 例えば韓国で一般的な昼食代は5000~6000ウオンで最高額紙幣の半分を占めるが、日本で10000円の5割を占める昼食は一般的ではないと思うのだが。  ともかく決済手段が広がり日常の取引が便利になる事は間違いない。

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多度大社

6月9日晴れ、5時過ぎに起き出し家人を起こさないようにとしていたのだが、雨戸を開けたり洗面を使ったりしていて家人を起こしたようであった。

7時前に自宅を出発し茨木ICにちょうど7時に入り、名神高速道の草津JCを7時半に通過し新名神高速道の土山SAに7時45分に到着、トイレ休憩とお茶を一杯頂き8時前に出発、亀山JCから東名阪高速道に入り桑名東ICには8時半着、一般道に下りて大垣方面へ5KMほど走り香取南の交差点を左折すると石の大鳥居が見えてくる。 右手には多度大社の案内が出ていたが取りあえず直進、約5分で東建多度カントリークラブに到着。 行程145KM 1時間45分でした。

クラブハウスに入ると本日のメンバーが続々と到着、スタートまで30分あるとの事でコーヒータイム。 火曜日なのにほぼ満員状態でコンペも何組か入っているようでした。

ここのゴルフ場も男子プロゴルフのトーナメントが毎年春に開催されるところで、非常に整備されているコースでした。 名古屋の弟がメンバーということで年に2回は来ているが私には少々手ごわいコースである。

プレーが終わってみると案の定、私のスコアーが突出していました。練習不足だよ・・と言われながらここの名物「多度天然温泉」に入浴。 地下1800Mから湧出しているとかで源泉は38.8度の掛け流し。単純アルカリ泉でお肌がツルツルになるとか。飲用も可で多少炭酸系でショッパイ味でしたが胃腸に良いそうです。

近頃は日帰りの温泉入浴も可能とかで、午後6時から10時までで1000円で入浴できるそうです。 夕食付きもあって、これは4000円でした。

4時前にはゴルフ場を出たので、多度大社に寄ることにして他のメンバーとはお別れ。

多度大社の由緒書きを見ていると、なんと5世紀の後半、雄略天皇の時代に社殿が出来たとか、織田信長によって完全に焼き滅ぼされたが江戸時代の初めに現在の容に再建されたようです。

多度大社は北伊勢大神宮といわれ、古くから「お伊勢参らば 多度もかけよ お多度かけねば片参り」と言われて伊勢参宮の折には多度大社へも訪れたようです。

30分ほど大社内を散策して桑名東ICから高速道へ。 茨木IC着は午後6時15分、帰りもやはり1時間45分でした。 

本日も1日良く遊びました。多分明日は会社で休養でしょう。 

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ソウル訪問

6月4日から6日まで2泊3日でソウルを訪問。

初めて韓国を訪問したのが1979年5月であったから30年を過ぎたことになる。 当時は日本人の訪韓者も少なく、初めての韓国は釜山でしたが空港も現在の金海空港でなく市内にありました。 初めて見る韓国は目の前の「はげ山」の異様さでした。

記憶に残っているのは空港で乗ったタクシーの床に穴が開いていて地面が見えていたことと頼りない韓国語でも非常に親切に目的地近くに連れて行ってくれたこと。 そして看板のほとんどが漢字であったことで何とか迷わずに取引先の商社へたどり着けた。

多分戒厳令もしかれていた時代ではなかったかと思うが、現地商社の案内でウルサンにある造船所を訪問したが、至る所人、人、人でごった返した造船所の中を歩いたことを思い出した。 現在は造船所に入るゲートでの手続、確認作業は厳格に行われているが当時は「イルボンサラン(日本人)」と声を掛けるだけで簡単に出入できた。

造船所での思いでは昼食時間に取引先の船舶会社の担当者と社内の外国人専用の食堂へ行き「ステーキ」を注文したところ、出てきたのは「厚切りのハムステーキ」と「麦飯」でした。

当時は釜山からの高速道路もなく、行きは郊外行きの路線バスで2時間以上を掛けて行き、帰りは単線の鉄道で釜山まで帰ってきた。ほぼ1日仕事であった。

それから10年後の1988年にはソウルでオリンピックが開催され、ソウル金浦空港からソウルの新興タウンである「江南地区」まで伸びる「88道路」が完成し、韓国も車時代に突入したのだが、ちょうどそのころ約2年半ソウルに駐在、現代自動車が初めて売り出した新型の「ソナタ」を購入して工場廻りをしていた。

急激なウオン高で韓国市場からの仕入れを断念して台湾、中国へ移っていったのが1990年ごろ。

そしてまた10年後の1998年頃から韓国での生産が始まり、今に続いているが途中2,3年のブランクを挟んで30年という長い期間韓国とのかかわりを持ってきた。

今では韓国国内でしか利用しないが、大韓航空のマイレージの記録を見ると1989年からメンバーになり先月の国内線の利用で299回の搭乗記録でした。300回記念なんて無いんだろうな。

今回も縁あって25年間親交のある家族との食事会を持ったが、やはり20年、30年は遠い昔であると感じました。

「韓流」などという言葉が出てくるズーッと昔の、かれこれ20年も前のことですが、何人か集まるといわゆる「韓定食」を食べに行ったのですが、当時は畳4畳分くらいの広いテーブルに白い紙のテーブルクロスを敷いて、給仕をする人が数人でワッセワッセと料理を運んで、食卓の角から角まであらゆる食材の料理が並んだ状態で、皆でガバーッと食い散らかすシステムだったのだが、今ではこのようなスタイルはソウルではお目に掛かれなくなった。

あの「プラザホテル」や「新羅ホテル」でも「韓定食」はメニューからなくなりました。 どうもソウルにある「竜水山」とかいうレストランが小出し方式を初めてから、韓国らしい迫力ある「大食卓食事方式」が消えつつあるようで残念です。

今月は来週に再度訪韓する予定。 今週は社内にてお仕事、お仕事とは思っているのだが、取りあえず明日は桑名の「東建多度CC」でのゴルフコンペに参加。その前に今日は早めに店じまいしてマッサージへ行こうと心づもりしている。

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猪に追われて善光寺

息子と来れば「牛に引かれて善光寺参り」となったのだが、今回は亥年生まれの家人同行なので「猪に追われての善光寺行き」となりました。

早朝松本駅からJR篠ノ井線で長野へ向かった。  松本から長野までは「特急しなの」なら約40分ばかりで到着であるが、各駅停車の普通電車に乗車。行程約1時間15分との事でした。

「松本駅」を出発して「田沢」「明科」「西条」「聖高原」と進んで行くと段々と高地へ向かっていくようであった。「冠着(かむりぎ)」を過ぎて長いトンネルを抜けると、いきなり視界が明るく開け、そして小高い丘の頂上らしきところに差し掛かると突然停車、しばらくしてバックを始め、そして引込み線に入った電車は「姨捨駅(おばすて)」に到着。 姨捨はスイッチバックの駅でした。

駅にあった説明では急勾配を折り返しながら登る仕組みをスイッチバックというとの事でしたが、今の電車はパワーがあるのでスイッチバックなど必要ないとのことでした。 でもここでは単線ですので特急電車を通過させるために普通電車はホームがある引込み線に入り待機するそうです。

「姨捨駅」のホームは海抜550メートルほどあり、青い空の下いつまで見ていても見飽きない風景がありました。

駅のホームから眼下に千曲川、左手には善光寺平、右手には冠着山(姨捨山)から続く「棚田」が展望できました。 姨捨駅には約12分停車して出発、ここまで約50分でした。

姨捨からは一気に下界へ降りて「篠ノ井」へ、ここからはJR信越本線で次が「川中島」そして「安茂里」の次が「長野駅」でした。

長野駅前から善光寺までは参道を歩いて3キロ、約30分ということでしたが駅前から100円バスが出ており乗車。

山門前に着くと参拝客で大渋滞、それでも30分ほどの待ち時間で本堂での参拝を済ませて寺内を見学、家人は学生時代に来たことがあるとの事でした。

昼前には善光寺の山門を出て参道を歩いていて「手打ちそば」の呼び込みで「更科蕎麦」の暖簾をくぐっていました。 この店の一押しである「10割そば」と「山菜てんぷら」を注文。 観光地なのであまり期待はしていなかったが、さすが本場でした。味、量、値段とも満足のいくものでした。 松本駅1階にある、2度と行きたくない何とかいう蕎麦屋さんとは格段の違いでした。

午後2時過ぎには長野駅を発って3時半には松本へ帰り着きました。

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強風注意報のゴルフ場

日曜日の夜半まで降り続いていた雨が朝には晴れて幾分風が強くなっていた。

自宅を7時半に出発して名神高速道で茨木ICから草津SAまで約40分、トイレ休憩して草津田上から新名神高速道へ入り土山SAには8時30分に到着、このまま行くと四日市には9時には到着するので、しばし休憩。 9時にSAを出発して亀山JCから東名高速道へ入り四日市ICに9時20分に到着、ここから「グレイスヒルズCC」までは10分余りで到着。 自宅からゴルフ場まで123KM、休憩なしなら約1時間10分てとこかな。

チェックインして程なく名古屋から弟や本日のメンバーが到着してロビーの喫茶店で遅めの朝食となりました。 

スタート時間が10時ということでコース傍にあるドライバー練習場で少々打ち込みを行なったが、横風の強いこと、皆さんボールを飛ばさずに帽子を飛ばしているようでした。

一番若いメンバーは45歳とかで次が51歳、弟が59歳そして私が66歳ということで、ハンディーは私のみシニアティーからの打ち出しということでしたが、皆さん通常は80そこそこで廻っているので、終わってみるとスコアーはやはり10以上差がついていました。

前半のアウト9ホールを廻る間中、横風に翻弄されながらのゴルフ、午後からのインの9ホールも幾分風は弱まったが、寒さに耐えながらのゴルフでした。

本日はこのあたりに「強風注意報」が出ており大変なゴルフとなりましたが、雨よりはマシかなと納得していました。

昼食時に次回は「グランディー鳴門」で2泊3日2ラウンドをやろうとの話になりましたが、予定日を聞いて断念。 4月1日から3日の2泊3日は多分韓国へ出張しているころ。

「エクシブの会員」になってリゾートトラストのメンバーコースでゴルフをしたり、家族はホテルでゆっくり寛ぐということで始めたのだが、月1回のゴルフでは元が取れない。 ということで、私はいつも会員のゲストとして参加している。

とりあえず次回は連休前の4月第4週の月曜日に信楽の「ザ・カントリー」に決定して一路帰宅の途へ。 やはり帰りは休憩なしですと名神高速道の渋滞があっても1時間20分で帰宅。

転送電話で顧客から数度電話が入ったが、全て明日にしてもらった。

 

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春未だ遠し

信州松本駅に金曜日午後5時過ぎに到着、「特急しなの」を降りるとゾクゾクとする寒さが来た。  信州は未だ春は遠いと感じた一瞬でした。

改札口を出てバス停へ向かう途中で娘からメールで「迎えに行く」との連絡。

待つほどもなく娘が到着、車に同乗して駅前通から1本裏通りを走っているとさすが「蕎麦や」が多い。たいして産業がない松本市は一応観光都市のようであるが、物価が大都市以上に高い。  特にタクシーなどは初乗りが2KMで700円なんて全国でここだけだと思う。 駅前でもどこでもタクシーはいつも客足がガラガラ状態で空車が並んでいるが、よくやっていけると思うくらいである。

先行していた家人と孫2人が待つ娘の自宅に到着し、上の孫の手荒い歓迎を受けた。 5歳になったとかで16Kgの全身を使っての飛込みには少々戸惑った次第。

折角松本まで来たのだからということで、自宅から10分ほどの浅間温泉「枇杷の湯」へ放り込んでもらい、ゆったりと温泉を楽しんで帰宅。温泉から自宅まではタクシーで約5,6分であったが、料金は1280円。やはり松本のタクシーは高いというのを実感。

翌日の昼は駅前にある蕎麦屋「槫木野」へ出向き、天ざるを頂きました。 二八の蕎麦に胡麻油で揚げた海老と野菜がついて1750円、これもまあまあ一見さんの観光客向の味と値段でした。 つまりあまり知り合いには勧められないところということです。

娘がミニバンに乗り換えたいとのことで市内のディーラーへ。 この不景気なのに車の値引きはあまりしない、大阪で取り寄せた見積書を見せても、ここ松本では無理のようである。  娘にはお前は大阪の生まれなんやから、しかも200万円を越す買い物なのだから、言い成りに買うなんてとんでもないことだと言い置いて帰ってきた。

2泊3日といっても実質1日半だったが、孫の相手もして温泉にも入って、それなりの蕎麦も頂いての楽しい週末でした。

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ソウル2泊3日の旅

バタバタと思いついて土曜日から2泊3日でソウルへ。

近頃は関空からソウル・金浦空港への便が1日2便あって、ソウル市内へ行くには便利になりました。

土曜日の午後ソウル・金浦空港に降り立つと気温6度とのことでしたが寒さは感じない。 一杯着込んで行ったのでむしろ汗ばむくらいでした。

到着した午後は釜山のメーカーの社長がたまたま結婚式でソウルへ来ていたので市内のホテルで面会、打合せを行ないました。  韓国のウオンの下落率はこの半年で50%以上とか、ウオン安になれば輸出しやすいと考えるのは間違いで、中小企業の50%以上が注文量の減少でリストラや休業しているとのこと。

昨年暮れから釜山の会社と仁川の会社に同じプロジェクトの引合いを出して検討してもらってはいるが、どちらのメーカーに仕事をお願いするか未だ結論が出せない。 これから2年以上続くプロジェクトであり、納期、品質管理、それに非常に大きなアドバンスドペイメントの担保など問題が山積みで、暫くは時間が掛かりそうである。

土曜日の夜は20年来の知人宅で夕食のお呼ばれとなり、日本から持参した胃腸薬、風邪薬、コーヒーなどを手土産に訪問した。

大勢で囲む鍋は私の好きなタラの鍋でした。 タラの切り身、眞子、白子、キムチ、豆腐も入って久しぶりに、満足満足でした。

日曜日はゆっくりと起きだしてホテル近くの食堂へ。 朝の忙しさが一段落したところへ入って「タスルギの定食」と「ケランマリ」を注文し朝食となりました。

食後に歩いて10分ほどのところにある大型スーパーに出向き土産物を物色。 前回釜山で購入した「ワサビつき韓国のり」を捜していたら、スーパーの店員が韓国人は買わないので全部返品したとのことでした。 空港の売店にはありましたが昨年1パック500円くらいだったのが2倍以上になっていました。

11時過ぎにホテルに戻ると、高陽市一山(イルサン)にいる知人が迎えに来てくれた。  彼の娘は5年ほど前に日本留学からソウルへ帰り会社勤めをしていたが一昨年結婚して今年初めに孫娘が誕生したとのことで、お祝いを兼ねて彼の初孫を見に出かけた。

いずれの親も同じだと感じたのは娘には親は甘い。そして孫にはもっと甘い。 出産の為に里帰りした娘は既に2ヶ月以上も親元にいるとのこと。娘のだんなは金曜日の夜に来て月曜日の朝に自宅へ帰るそうだがよく続くと思う。

知人宅で昼食をご馳走になり、午後は韓国風サウナへ。 入浴料5千ウオン(350円)を払って約1時間汗を流して、マッサージへ行きました。入浴時に予約をしておいたので待つこともなく1時間半の全身マッサージで気持ちよくなり途中でぐっすりでした。マッサージ料6万ウオン(約4千円)はここらでは少し高いかなと。

コールタクシーでホテルへ帰り、夕食は食欲もないのでホテルのレストランで「ピョンヤン冷麺」を頂きました。

月曜日の朝は5時半にモーニングコールを掛けて起こしてもらい、6時半には金浦空港へ。 やはり市内の空港は近い、約30分で空港へ到着しチェックイン。 帰国便はKALとのコードシエアー便でしたがKALのスカイラウンジが使えて助かりました。 ラウンジで「韓国うどんとサンドイッチ」で朝食をとりました。

朝9時のフライトでしたが、月曜日の早朝ということでお客さんは少なく多分60%位の空席がありました。お客さんも少ないせいか集まりが早くて、20分早い8時40分には出発し、予定時刻より30分以上早い10時15分には関空に到着。 事務所には12時ちょっと過ぎには帰り着き、家人と昼食となりました。

次回もソウル行きは市内空港便を利用しよう。

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母親の一周忌で名古屋へ

2月10日朝8時前に自宅を出て名古屋星が丘にある菩提寺へ。 大阪茨木ICから約30分で草津JCへ、田上方面から新名神高速道路へ入り、土山SAでトイレ休憩後一路亀山JCから東名阪高速道路へ約40分で御在所SA着、時間調整を行なって名古屋西ICから名古屋都市高速へ移り四谷で一般道へ出て約10分で星が丘三越前を山手へ曲がるとお寺の入り口。予定より15分早く到着したので先ず墓地へ行き、水を準備してお花を供えて本堂へ行く途中で弟夫婦と合流。

昨年2月10日に母親が亡くなり一周忌の法要を星が丘の大乗寺で行なったが、母親の姉妹は皆さんそれ相当の年だし、わざわざ来ててもらうのも大変ということで案内を出さずにいたら手紙やら電話で問合せがあったが、兄弟だけで法事をおこなうと説明して了解を取った。

11時からの法要は昼前には無事終わり、近くの「木曽路」で昼食となり株主招待のチケットがあったので利用して「お雛様御膳」を頂きました。

昼食後は家人の要望で「尾張徳川家のお雛さま飾り」を「徳川美術館」で公開しているとのことで東区徳川町へ。

お雛様の飾りを見ていて気づいた事はお内裏様が右側でお雛様が左にあって、京雛の飾りとは左右逆でした。

お姫様が持参するお雛様飾りは全て実家の家紋が入っていました。

私はあまり興味がなく早々に外へ出て待っていました。

午後4時前には名古屋烏森ICから東名阪に乗り亀山方面へ、いつもは亀山JCから草津方面へ向かう新名神高速に入るのだが、30年ぶりの伊勢へと伊勢道へ入りました。

家人の「ゆっくり、ゆっくり」という言葉に従って70キロから80キロで走っていると40分ほどの間に3台がスピード違反で捕まっていました。ちなみに伊勢道は有料道路ですが高速道路ではありませんでした。

それでも夕方5時半には伊勢二見の海岸沿いにあるホテルに到着。休み前で混んでいるかなと思ったが7組だけでした。

先ずは温泉に入り夕食には家人は伊勢えびのお造りを私は伊勢えびの焼いたものを注文、鯛の活け造りもついて豪勢なものでした。締めは「伊勢うどん」でしたが家人は「どうも・・・」ということで私が頂きました。

一夜明けて朝食後に歩いて5分ほどの所にある二見興玉神社へお参りし、天の岩屋を見て海に浮かぶ夫婦岩を写真にとってきました。

9時前には宿を発って伊勢内宮へ。 「おかげ横丁」前にある無料駐車場へ入るのに約30分ほどかかりました。

式年遷宮があるということで内宮への大橋も架け替え工事中でした。

内宮参拝の後は「おかげ横丁」をぶらぶらとして、昔懐かしい「生姜アメ」と「食べるお茶」それに「伊勢うどん」を買い求めました。

昼前に伊勢内宮を発って伊勢道を走り亀山JCへ。 亀山JCから新名神高速道へ入り土山SAで遅めの昼食となりました。

「ゆっくり、ゆっくり」という家人の言に従って珍しく高速道路も90キロ以下での走行でしたが、3時過ぎには無事自宅に到着。走行距離470キロでしたが満タンにしたタンクはまだ1/3以上は残っているようです。

夕方には松本の娘から「戸隠のそばと野沢菜の漬物」が私の誕生日祝いとして届きました。 そうです、2月11日は「私の誕生日」なのです。でも夕食は特別に何もありませんでした。

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本年最後の海外出張

12月10日から2泊3日でソウル、釜山と廻ってきました。 

ソウル・仁川空港に着くと気温は13度とか一杯着込んでいた私は大汗をかいていました。  岡山からの顧客が約10分遅れで到着しお出迎えを行い仁川市内へ入り昼食をとるために松島近くのレストランへ。

それぞれに注文をしたのだが、来た料理を見ると大違い。 あまりにも忙しいかったのか隣の部屋の注文と取り違えたようであったが、美味しかったのでそのまま頂いてしまった。    私たちが注文したのは「ソーロンタン」「テンジャンチゲ」「ナクチカルビタン」でしたが実際に食したのはただの「カルビタン」でした。

昼食後は仁川工場団地にある工場へ出向き、新規プロジェクトの打合せであったが、今回も通訳の不手際にブチ切れ状態の私でした。 しかも1週間以上前から準備するように依頼しておいた見積もできておらず翌日に持ち越しとなった。

早めに松島にある「松島ラマダホテル」にチェックインし夕食までしばしの休憩。

夕食のためにホテルを出ると外は霧で真っ白で数メートル先が見えない状態でした。そして夕食は通風持ちの顧客がいるので焼肉は中止して魚料理ということで日本料理の店「さっぽろ」へ。 本日のメインは数種類のマグロの刺身と地元産の牡蠣、エビ、蟹、アワビ、鯛、ひらめ等の刺身でしたが、日本で修業した料理長が部屋に来て超小ぶりの鯖をさばいて刺身にしてくれたのだが最後まで箸をつけられなかった。

食後飲み直しに出かけるという顧客を残してホテルへ戻り、いつものマッサージを注文。 部屋にて1時間半たっぷりと揉みほぐしてもらいました。

2日目の朝は顧客を工場へ残してソウル・金浦空港へタクシーで移動。 ホテルから一般タクシーを拾いやおら価格交渉となり、メーターで行けば高速道路通行料込みで約2万5千ウオンを3万ウオンで契約。実は田舎のタクシーは金浦空港からの帰りは空で帰ることが多いのでメーターでは行かないのが普通なのである。納得できないが現地の事情でもあり従っている。

朝10時前には金浦空港を発ち釜山・金海空港へ到着し、出迎えは15年来の旧知の李社長、ずいぶん稼いでいるのか乗ってきた車はBMW740でした。以前は現代のグレンジャーだったのにと思いながら話を聞くと今は雇われ社長とかで昨年末に工場を約2億円で売却したとかで税金控除の名目で高い車を購入したとのこと。

くだんの社長の案内で来年から稼動する新工場を見学に金海市へ、以前の工場とは約20分離れていたが空港からは高速道路経由で約20分と近くにあった。 敷地は以前とほぼ同じだが建物は約2倍の広さがあり、事務所、食堂なども完備されていて、いつでも稼動できる状態でした。

昼食時間を1時間ばかり過ぎ幾分腹が減ってきた私は近くにあった「ポリパブ」の専門店で食事をすることを提案、2年ぶりによく通った「ポリパブ定食」の店へ入りました。      何かを注文するでもなく、麦飯と10種類以上のナムル、味噌汁、卵だけの茶碗蒸し、各種キムチ、小魚の焼いたものなどが並び食事となりました。 ここでもお茶代わりに出てくるのは「ヌルンジ」でした。

午後は釜山郊外にある「緑山工団」にあるプレス工場を訪問し、工場見学と見積を依頼。  いずれの工場も自動車不況で注文量が減り青息吐息とのこと。 

夕方には沙上区にあるホテルにチェックインし、李社長の弟で釜山海洋大学教授の李さんと3年ぶりに会い夕食を一緒にとりました。今年からは主席教授とかで非常に忙しいとのことでしたが久しぶりに旧交を温めました。 

食後はまたまたホテル近くのサウナへ出かけて1時間半のマッサージをお願いして全身くたくたになってホテルに戻り2日目が終わりました。 サウナは入浴料5千ウオン、マッサージ6万ウオンで合計約4,300円の出費でした。

3日目の朝はホテルの隣にある食堂で「タスルギ」とかいう「タニシ汁の定食」を頂きました。以前は4千ウオン位だったのだが現在は6千ウオンでした。

ホテルを8時前に出発、釜山近くの工場を訪問し、工場見学と見積を依頼。

これで今回の日程はすべて完了でした。

金海空港でJALのラウンジへ荷物を預けてショッピングへ、ソウルで食した「ワサビを塗った焼海苔」を探しに行き見つけ買い求めました。岡山からの顧客が大層気に入っていたようでしたがソウルで買うことができたのでしょうか?

夕方3時過ぎには無事事務所に戻り、2泊3日の出張は終わりました。 

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1週間ぶりの出社

先週水曜日から会社へ出てきていないので、今日は約1週間ぶりの出社となった。

先週は木曜日、金曜日は1泊2日でソウル行き。 いつものメンバーで都合3回目の予備試験の立会いでしたが、今回も順調には進まず同行した顧客2名は居残りとなり、土曜日まで試験の立会いを行ったようである。私は飛行機のチケットの変更が出来ず金曜日に帰国。

日曜日は朝8時過ぎには自宅を車で出発、茨木ICから岡山ICまで約155km、時間にして2時間ちょっとで岡山市内へ。 途中車のエンジンの回転数が異常に上がりエンジントラブルの警告ランプが点灯、サービスエリアで休憩をかねてエンジンを休めて再出発したが、途中エンストされては手の打ちようがないので、制限速度(低速)を越す程度のスピードで走った。

11時過ぎには岡山駅前のホテルへ到着、12時半から始まる中学校の卒業50年記念同期会に出席、卒業した同期生は総勢352名でしたが、物故者、行き先不明166名、不参加者110名で参加者は76名でした。 遠くは千葉、北九州から参加しており、大阪などは近場とのこと。  なんやかやと二次会まで出席したが、車のエンジントラブルのことは忘れて駅前から1時間の宿泊予定のホテルへ、今は合併されて岡山市になった建部町にある「ホテル たけべの森」に着いたのは午後7時過ぎでした。 やはりエンジンの警告ランプは点灯したままでした。

月曜日の朝からホテル近くの「たけべの森GC」で同期会の懇親コンペがあり、何とかGCまでは車を持ち込んだが、不安で地元にいる悪友に修理を依頼して終日ゴルフを楽しみ夕方修理工場まで送ってもらった。 故障の原因はバッテリーの電圧低下で車のコンピューターが異常反応したとのこと、近頃の車はほとんどコンピューター制御されているので我々の年代では対応が出来ないと修理工場の社長(私の中学校の2年後輩でした)の言。

修理工場近くの温泉のあるホテルにチェックインし、隣接する健康ランドのレストランシアターにて夕食、折りしも「○○一座」の歌謡ショーが行われていて、久しぶりにチャンバラと演歌による踊りを見ながらの夕食でした。 ちなみに2食付、チャンバラ付き、温泉付きで1泊10500円でした。

火曜日は朝6時から温泉に入り朝食を済ませて7時半にはチェックアウト、倉敷から水島経由で玉野市へ。 水島から玉野への有料の橋が無料になっていました。

いつも大阪まで出向いてきてもらっている玉野の会社の社長に面会して打合せ。 

玉野を出発して岡山市内に戻ったのが12時前、今年初めに亡くなった母の年金関連の手続きに市役所へ、最初は国民年金課へ出向いたところ、福祉課へ行ってくださいと言われて分庁舎にある福祉課へ、そこでは年金課ですよと言われ再度国民年金課へ戻り、経過説明して約1時間で手続き完了。  的確な判断が出来ない職員が踏ん反りかえって仕事をしているのは相変わらずで、間違って指示したことなど何とも思っていない。 少しばかりムッとしたが、12時を過ぎてお腹も空いていたので早めに終わらせてもらいたく、嫌味も言わずに我慢していました。

午後2時過ぎには全ての予定をこなして岡山ICから茨木ICへ、夕方4時前には帰宅していました。 2泊3日の岡山への小旅行、今回も家人に同行するようにお願いしたのですが病院での検診予約が入っていて駄目でした。

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航空券手配でヤッサモッサ

いつもソウルの旅行代理店にお願いして航空券を購入しているのだが、今回はさすがに2日前の手配でもあり、団体が入っているのか出発前日の今朝になってやっとチケットが取れたと連絡があった。

いつもは格安の3ヶ月有効期限の往復チケットであるが、今回は1年有効のものしか手配できなかったとかで、前回より10万ウォンほど高いとのこと。 ただ計算してみると、この1ヶ月の異常な円高ドル安、ウオン安で日本円の交換レートが約25%もアップしており、最終的には割安になった。

本日のレートを見ているとここ2週間で韓国ウオンはドルに対して20%近い下落、日本円は100円がおよそ1ドルとなり、海外に出るには格好のレートではある。 2週間前のソウルで交換したときは100円が1050ウオンだったが、明日は多分1300ウオンくらいであろう。

ソウルの代理店からは次回からはもっと早めに予約を入れてくださいときつく言われたが、お客さんの都合が優先されるのでこればかりはどうしようもない。

それにしても韓国からの旅客が多い、大韓航空などは早々と空席なしとの掲示がでていた。

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秋の木曾三川あたり

日曜日の朝7時過ぎに出発して名神茨木ICから大垣ICまで約1時間半、途中多賀SAでトイレ休憩し、10分もしないうちにまたまた養老SAへ入り時間調整を行った。

大垣ICから国道258号線を桑名方面へ、途中左手に「おちょぼさん」と呼ばれている「お千代保稲荷」を見ながら一路養老町へ。 

国道258号線の左手には「木曾三川」と呼ばれている「揖斐川」「長良川」「木曾川」が並行して流れており、海津市には「国立木曾三川公園」があり今はコスモスが咲いているとか、でも今は未だ2分咲きで見ごろは10月末から11月初めだそうです。

9時半過ぎに「南濃大橋」を越えて目的地である従兄弟の自宅へ。 昨年末に亡くなった叔父の一周期法要への参加であった。 今回も家人同行でナビのナビをお願いした。

今時の法要は時間を短縮して行われるのが一般的であると思っていたが、このあたりは違うようでお経の間に2回も休息の入る念の入ったものでした。 私は2時間近い間も座敷に座り続ける自信がなく、早々と後ろのほうで椅子に腰掛けての参加でした。

法要の後の食事は、いつものレストランへ出向き頂いたのだが今回も食べきれない程に出る料理を眺めながら、土地柄とはいえ無駄が多いなと思いました。 ほとんどは食べずにお持ち帰りとするようで、箱詰め出来ない汁物とかお刺身などを頂いて帰るのが慣わしのようである。

鮎や大海老の塩焼き、鰻の蒲焼、ぶりの照り焼き、海老、チキン、魚などのフライ、汁気を飛ばした野菜の煮付け、川魚の佃煮風、初めから箱詰めした寿司の盛り合わせなどはどなたも手をつけていない。

私と家人も余りにも辛い味付けに多少閉口しながらアサリの赤だし、レンコン、こんにゃく、薄あげで季節の野菜をまいて炊き上げたもの、季節柄松茸の入った茶碗蒸し、お刺身等をあてにビールならぬウーロン茶を頂いておりました。

帰りは258号線を桑名方面へ走り、途中多度大社へでも寄って桑名東ICから新名神経由で帰ろうかと提案したのだが、一刻でも早く帰宅したいという家人の要求で来た道を折り返すことにし、帰路でも途中多賀SAに立ち寄り休憩、それでも走行距離155km、約2時間ちょっとで帰宅となりました。

次回はゆっくりと南濃温泉とか養老温泉にでも1泊する日程で来ようと思いました。

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2ヶ月ぶりのソウル

先週木曜日の午後便で関空からソウルへ。  約2ヶ月ぶりにソウル訪問となりました。

長崎、神戸から3名の顧客がソウル・仁川空港へ午後6時ごろから順次到着。 最終顧客は午後7時20分に福岡から到着で仁川・松島にあるラマダホテルにチェックインしたのは午後9時前になっていました。

遅めの夕食はホテル近くの海鮮鍋の店をと予定していたが、生憎改装中で前回行った日本料理の店「札幌」へ。

夜も遅いと言う事で軽めの食事をと思ったが、現地工場の社長が入店時にコース料理を注文済みでした。 今日は初日ということで、酒も軽めにということで日本のビール「サッポロ」の生缶でした。

仁川市は海に近いせいか、いつ来ても美味しい魚が頂けるのはうれしい限りです。今回も「平目」「鯛」「はまち」「イカ」「牡蠣」「あわび」などのお造りに加えて生蟹の醤油漬け「ケジャン」、私はあまり好きではない「ほや」、サザエのつぼ焼き等・・・たくさん出てきました。

食事をして外に出ると外気はひんやりとしている。 空港に着いたときの案内では「曇り、気温19度」とか言っていたが、多分12,3度まで下がっていたであろう。

初日は11時過ぎにはホテルにもどり、解散。

翌日は朝9時過ぎから仁川・富川にある工業試験所へ出向き商品サンプルの破壊試験の立会いを行ったが、生憎と途中で試験用に作成したジグが破損して試験を中断、残りの試験は後日再訪韓して行う事になった。

試験が中断して続行不能となったので、とりあえず工場へ戻り打ち合わせ、10月1日~2日に再試験を実施することにした。

韓国人の気質かどうか解らないが、試験用のジグが破損して試験が中止になったりしても試験で破損するようなジグを製作したことについて責任を感じるような気配がまったくないのには驚かされる。 彼らにも言い分があって前回使用して問題なかったから今回使用して破損したのは誰の責任でもない、作り変えたらいいだけとのこと。

ところが私の立場は、3名の顧客が高い旅費と時間を費やして仁川くんだりまで出向いているのに試験が中止になるなんて事態は想定していないので、顧客に対して言い訳も出来ない。

そんなこんなで夕方になりホテルに戻り、夕食となったのだが、社長の奥さんが我々の健康を考えてか準備してくれたのが、「麦飯のビビンバブ」と「ガルチの煮付け」、白菜キムチの古漬を水に晒して煮込んだ「ウゴチ」、色々な山菜、そして「ケジャン」とごくごく健康的な料理に今回韓国を初めて訪問した1名は「こんなはずでは・・、韓国といえば焼肉の本場では・・」という声が聞こえてきそうでした。

そして極め付きが「マッコリ」、最初はよく見られる米で作ったどぶろく状のものでしたが、途中から現地社長の故郷の「粟か稗の入った黄色い色をした独特の香りのマッコリ」が出てきました。 私は頂きませんでしたが、少々酸味の強いドブロクとのことでした。

帰国は土曜の朝1番の便を予約していましたので、ホテルを7時前には出かける予定でしたが前夜夜中の1時過ぎまで飲んでいたとかで社長が遅刻、空港に着いたのは8時を過ぎていました。チェックインが終わりイミグレーションを抜けると出発時刻の20分前でした。

そして空港で頂いたお土産は韓国北東部にあるヤンニャンから宅配便で送ってきた「上等な松茸」でした。帰宅して封を開けると価額の記載した送り状の写しが入っていました。3人分で105万ウオンとか。 お客様の方へ請求書が入っていなくて幸いでした。

今週は月、火曜日は長野にいる孫の保育園の敬老会へ出席する為、松本へ行くが火曜日夜にトンボ帰りして水曜日朝一番でソウルへ。木曜日の最終便で帰国、週末金曜日は信楽で恒例のゴルフと会社へ出る時間がない。土曜日にでも事務所へ出て出張のまとめをする事になりそうである。

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